東日本大震災<平成23年(2011年)>
【基本情報】
■2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)は戦後最大の未曾有被害をもたらしたことは
承知の事実であるが、この震災ではこれまでの国の想定をはるかに超える規模の地震や津波が発生し、地震や津波に関する国の基本的考え方に重大な欠陥があったことが露呈される結果となった。
■この地震の特徴は地震の規模がM9.0で日本周辺での観測史上過去最大のものであったことと、震源域は南北500km×
東西200kmの広大な領域でその領域(断層面)が一度に動き想定をはるかに超える巨大な津波が発生し多くの人的被害が出たことだ。
項 目 | 内 容 | 項 目 | 内 容 |
---|---|---|---|
①発生日 |
2011年3月11日(平成23年) |
②発生時間 |
午後2時46分 |
③地震の規模 |
M9.0 |
④最大震度 |
7(宮城県北部) |
⑤震源域(深さ) |
三陸沖(南北500km×東西200km、震源の深さ:24km) | ||
⑥全壊家屋 |
121,803棟 |
⑦死者 |
15,894名 |
⑧半壊家屋 |
278,447棟 |
⑨行方不明者 |
2,562名 |
⑩一部損壊家屋 |
726,140棟 |
⑪負傷者(重症・軽傷) |
6,152名 |
【写真14-4】津波で壊滅崩壊した宮城県南三陸町役場
■従来の想定をはるかに超えるこの超巨大地震で犠牲になった多くの人のためにもこの地震の教訓を今後の国・地域づくりに
反映すると共に地震や津波への備えの重要性を未来へと語り継ぐ必要がある。
■この地震の特徴は何と言っても多くの人的被害を出した想定をはるかに超える巨大な津波が発生したことである。日本の都市の多くが
海岸線に沿って発展していることは夜間に飛行機から地上を見ると街の明かりが海岸線に沿って繋がっていてることからも良く分かる。
■このようなことから海岸線に沿って発展した都市は常に津波に最大限の警戒をする必要がある。東日本大震災の津波は最短で25分(釜石)で到達したのに対して、
今後発生が予想される南海トラフ地震では数分で津波が到達するところもあり最悪なケースでの死者は32万人(津波以外の死者も含む)に及ぶと国は予測している。
<教訓を活かす>
■津波からの避難は「早く高い所に逃げる」を実践すれば犠牲者を限りなく少なくすることができる。それには普段から自らどこにどの経路で避難すれば良いのか決めておき、
実際に地震を想定して避難訓練(自主避難訓練)を行うことである。詳しくは筆者が作成した
「巨大地震避難マニュアル」や
「我が家の避難マニュアル」(サンプル)を参考にされたい。
<地震の概要とメカニズム> トップに戻る
■この地震は従来想定されていた三陸沖中部、宮城県沖、三陸沖南部海溝寄り、福島沖、茨城沖、三陸沖北部から
房総沖の海溝寄りの一部の6箇所の震源域が次々連動して断層破壊を起こしたために起きた地震で、破壊した断層面積は
南北500km×東西200kmにも及んだ。
■東北沖では過去の経験則からM7やM8クラスの大きな地震が単発的に発生することは国や地震学者間の共通認識であっが、まさか東北沖で広範囲の断層面が一気に動く
M9クラスの超巨大地震が発生するとはだれが予想できたでしょうか。
【図14-1】破断開始位置と震源域
■一般的には陸側のプレート(今回の場合は北米プレート)がプレート境界面ではね返りを起こす海溝型
地震が想像できるが今回の地震ではそう単純な仕組みではなかった。
■この地震ではまず最初にプレート同士が固着している部分がまず破壊され陸側のプレートがはね返り大きな地震を起こした。
次に海溝付近プレートが約50mほどすべりを起こし更に陸側プレートの先端が大きく隆起した。(後の検証では5m隆起したことが判明した)
この結果最初のプレートの跳ね返りの力に、次に起きた陸側プレートのすべりによる隆起による力が加わりプレートの先端が海水を大きく持ち上げた結果、
巨大津波が発生したと考えられる。
【図14-2】巨大津波の発生メカニズム
■地震はアスペリティと言う断層面の間に地震の巣と言われる強く固着した部分があり、この地震の巣に歪が
たまり、限界点を超えると歪を解消するため地震が起きると言われていた。
■従来東北沖のプレートではアスペリティの部分では繰返しの地震が起きるが、これによりプレート面のアスペリティに
溜まった歪が解消され全体的にはズルズル滑る動きをしていると考えられていた。
■ではなぜ50m近く陸側プレートが東側に一気に動いたかとの疑問がおきるが、この原因については地震研究者の間でも
まだ明確な発生モデルが解析されていない。一般的に地震で生じるエネルギーは動いた断層面積と断層面の滑り量の
積に比例すると言われているが参考までに過去の巨大地震の断層面と滑り量を【表14-3】に記載する。
発生年 | 地震名 | 規模 | 断層面積 | 断層面滑り量 |
---|---|---|---|---|
1923年 | 関東大震災 | M7.9 | 100km×50km | 10m(平均:5m) |
1960年 | チリ地震 | M9.5 | 1,000km×200km | 40m(平均:25m) |
1995年 | 兵庫県南部地震 | M7.0 | 50km×15km | 2.4m(平均:2m) |
2004年 | スマトラ島沖地震 | M9.2 | 1,000km×150km | 25m(平均:15m) |
2011年 | 東北地方太平洋沖地震 | M9.0 | 400km×200km | 50m(平均:10m) |
■東北沖のように陸側プレートがズルズル滑っているケースでも東日本大震災の地震のように広範囲の断層面が連動して動いたことから
プレート境界面付近の広範囲でエネルギーが蓄積する何か別なメカニズムがあるに違いないが現段階では詳しいことは分かっていない。
■一方近い将来必ず起きると言われている南海トラフ地震(東海・東南海・南海地震)はフィリピン海プレートとユーラシアプレートの
境界面で起きるとされているが、この地域では普段大きな地震が起きていない。つまり東北沖のように陸側プレートがズルズル滑っておらず断層面全体が強く固着していて、
どこか一端が歪に耐え切れなくなったとき、そこが基点となり全体が連動して巨大地震をひき起こすと言われている。
<津波による人的被害> トップに戻る
【図14-6】東日本大震災での死因分析
■東日本大震災では18,456人もの犠牲がでたがほとんどが津波によるものであった。【図14-6】は東日本大震災での死因分析であるが圧倒的に多いのは津波による溺死であることが分かる。
■この地震では地震発生から津波が押し寄せるまでに場所にもよるが20~30分程度の余裕があったはずだが迅速な避難が出来なかったのも事実である。
■内閣府発行の「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会報告」によると地震後すぐに避難しなかった理由を次のように
分析していていづれも津波への危険意識が薄かったことが分かる。
(1)急ぎの仕事があったから。
【写真14-5】津波で被害を受けた石巻市雄勝地区 (2)家族を探したり迎えに行ったから。
(3)自宅に戻ったから。
(4)過去の地震でも津波が来なかったから。
(5)津波のことは考えつかなかった。
■人間の脳は自分にとって都合いいことが起きる可能性を過大評価する傾向があって、少々の悲観的証拠があっても現実に対して楽観的であり続けたいと思う
心理が働き、現実を歪めてしまう。
■この結果「大したことにはならないはず」、「自分だけは大丈夫」と言う思い込みをして、目の前で明確な証拠が確認されるまで現実を認めようとしない。
このことを災害心理学では「正常性バイアス」(先入観や偏見で物事が正常の範囲だと自動的に認識する心の動き)と言う。
■「正常性バイアス」は誰でも日常生活で時々起すことで、「こんな筈ではなかったのに」と後で悔やむことは良くあることだ。
いざと言う時自分の脳を「正常性バイアス」に支配されないためには普段からの脳に「危機意識」と「回避策」を繰り返してインプットしておく必要がある。
■たとえば災害で命の危機が迫るようなケース(地震の衝撃、津波、火災、水害、台風、土砂災害など身の廻りにある危険)では、それぞれのケースでの危機を想像し、
いざと言う時はどのような手順でどこに避難するかを日頃頭の中でシュミレーションし定期的に実際に自主避難訓練をしてみることが重要だ。
<災害に弱い高齢者> トップに戻る
【図14-7】東日本大震災での年齢別死亡者数
●【図14-7】は東日本大震災での年齢別死者数を分析したものであるが60~80歳以上の方が全死亡者数の約65%を占めていて高齢者に被害が集中していることが分かる。
こように高齢者は加齢により迅速な避難ができなかったり、最新の災害情報を素早く入手するのが苦手で迫ってくる命の危機に逃げ遅れてしまう傾向にある。
特にこの地震の発生が金曜日の午後でもあり通勤者は会社や学校に行き、自宅には主に高齢者だけが居たケースが多かった思われ、この結果素早い避難行動が
できなかったことがうかがえる。
●今後の災害対策には高齢者や障害者、乳幼児、外国人などいわゆる「災害時要配慮者」への地域社会(共助)の避難支援は重要なテーマであり、その具体的対策を
反映することを忘れていけない。
【図14-4】阪神・淡路大震災での年齢別死亡者数
●【図14-4】は阪神・淡路大震災の際の死亡者の年齢別の死亡者数をグラフ化したものであるが同様に60歳以上の方が約58%
を占めている。
●一方、阪神・淡路大震災では既存不適格の古い戸建住宅や木造共同住宅が多く古い住宅に住んでいた高齢者や古い木造共同住宅に住んでいた学生に
犠牲がでており、高齢者のほかに20歳代が多いのはこのことが原因とも言われている。
●災害では高齢者が犠牲になる傾向は地震だけでなく水害でも同様なことが過去おきている。たとえば2004年の「新潟・福島集中豪雨災害」では
梅雨末期の集中豪雨で信濃川支流の刈谷田川や五十鈴川他の堤防が決壊し、この時は死者が16人出たが内13人は70~80歳代の高齢者で
ほとんどが自宅家屋内で溺死であった。
<建物被害> トップに戻る
【図14-6】津波で1階部分を激しく破壊された鉄骨造の工場
●この地震で全壊した建物は約13万棟で、内9割強の12万棟は津波により全壊している。津波よる建物の被害では木造住宅の被害が多く、木造の場合
は立地条件にもよるが津波による浸水深(洪水や津波などで浸水した場合の水面から地面までの深さ)が1階の窓の高さ程度では流されない建物が多く、
それ以上に浸水高さになるとほとんどの建物が流された。
一般住宅の設計は耐震性や防火・耐火性について建築基準法等で規制されており設計に配慮されているが、津波に対する設計基準が無いので大津波が来れば
ほとんど無抵抗になってしまう。この地震の教訓として津波避難ビルや原子力発電設備関連に対しては関連省庁から津波に対する設計上の基準や指針が出されている。
●鉄筋コンクリート造の建物は津波に流されず残ったものが多かったが、津波が建物を押す力で1階の柱が破壊され層崩壊(剛性の小さい階に変形が集中し
、その階がつぶれてしまう崩壊)したものや最大浸水深が建物の高さを超えて転倒したものがあったことが確認されている。
●次に地震動で被災した建物の特徴を見てみると旧耐震基準で建てられた建物の被害が多く、特に年代が古く老朽化した建物に集中しており阪神・淡路大震災の
際の建物被害と同じ傾向にある。但し耐震補強した建物では被害を免れており耐震補強工事の有効性が確認されている。なお、新耐震基準で建てられた建物は
軽微なひび割れ(クラック)や外壁材のコンクリート落下が見られたが主体構造部の被害はほとんど無かったとされている。
●このことは旧耐震基準(1981年/昭和56年以前に建築された建物に適用)で建てられた建物は「自助」(自分の命は自分で守ると言う精神)として建物の
耐震診断を受け、必要な場合は耐震補強工事をすることで地震時に建物崩壊と言う最悪なパターンを回避できると言うことになる。
阪神・淡路大震災では旧耐震基準の住宅の崩壊で多くの方が犠牲になっているが自分や家族を地震から守るには自宅の耐震化を行い概観は少々壊れても
「崩壊しない家」にすることが防災上最重要課題であることを認識しなければならない。
●その他建築関係の被害としては劇場などのホールの天井材の落下や鉄骨造建物の外装材であるALCパネルの脱落などが報告されている。
このうち劇場などのホールの天井材の落下事故は全国で2,000個所近く発生し死者・負傷者が多数出ていることから改善案を盛り込んだ
建築基準法施行令が2013年7月に改正されている。一般に天井材は岩綿吸音版や石膏ボードが使用されることが多いが、これらの天井材は天井部の躯体に
吊ボルトを取付け一旦吊ハンガーで野縁受けを固定し、更に野縁受けからクリップで支持した野縁にビス止めされている。(商業ビルなどはほとんど
この工法を採用している)
●今回の地震では建物の躯体の揺れに対して天井材が共振を起こし激しく揺れたためクリップや野縁が外れて、結果として
天井材が落下したと解析されている。平成25年国土交通省告示第771号で定める特定天井(天井高さ:6m以上、天井面積:200m2超、単位面積重量:2kg/m2超の天井)を
有する建物では躯体と天井材が直接接しないよう隙間を設けたり、V字型の斜め部材を取り付ける等11項目の新技術基準が追加された。
<津波火災による被害> トップに戻る
【図14-7】岩手県山田町の津波火災に伴う市街地被害
●この地震や津波による火災は全国で330件発生したが、その範囲は北海道から神奈川県までの広範囲であった。特に津波被災地では大規模な
津波火災が発生した。【写真14-7】は岩手県山田町の津波火災に伴う市街地被害状況で山田町では2011年3月11日の津波到来直後に
大規模な市街地化火災が発生3月14日に鎮火するまで4日間燃え続き延焼面積は107,600m2にも及んだ。
●津波火災は津波により流失した家屋や瓦礫に出火し次々と延焼する火災であるが、この地震での最初の出火原因については燃え残った
痕跡物が流されたり撤去されて原因究明については消防庁消防研究センターの調査でも特定はできなかった。
しかし調査の中で津波で流されたLPGボンベからガス噴出しそこに引火した可能性大きいと推論している。
●1993年の北海道南西沖地震では大津波に襲われた奥尻島では2件の火災が発生してこれが基点となり延焼が広がり192棟が焼失した。また
1964年のアラスカ地震の際では津波で流された船がなどの漂流物が石油タンクに衝突して発火し、民家に延焼してひとつの町が全焼した例もある。
津波火災は津波の二次災害であるが地震や津波で行政の消防能力が落ちる中、浸水した現場まで行くこともできず消火困難な状況になることが
予想され、今後特に湾岸工業地帯での津波・地震火災を視野に入れた防災対策が必要と思われる。
<液状化による被害> トップに戻る
【写真14-8】千葉県浦安市での液状化被害
●この地震では砂質の地盤で液状化現象が起き建物が基礎もろとも傾斜や沈下を起こす被害や地中埋設物の浮き上がり被害がが出た。
液状化現象は海岸埋立地や河川の扇状地で地盤が砂地で地下水の水位が浅く砂と水が混ざっている場所で起きる現象で、通常は砂粒同士がお互いに支持力で支えあっているが
強い振動があると砂粒同士がばらばらになり砂と地下水が分離し地表近くの砂まじりの地下水が間隙水圧で地表に噴出す噴砂現象である。
●【写真14-8】は千葉県浦安市の液状化により地中埋設物のマンホールが浮き上がってしまった状態を示しているが、このほかにも住宅の傾きや沈下
道路の亀裂、地面に段差などが発生し水道、下水、ガス、電気などのライフラインが停止した。
●液状化の対策としては①地盤を締め固める、②地盤改良材で地盤を固める、③支持層まで杭を打つなどの方法があるがすでに
住宅がある場合は工事費がかなり高価となる。
<出典・参考資料> トップに戻る
【引用】
以下は平成28年7月1日(第2版第3印)発行「防災士教本」10,11頁から引用した
①【図14-1】:破断開始位置と震源域
②【図14-2】:巨大津波の発生メカニズム
【出典先】
①【写真14-4】、【写真14-5】、【写真14-6】、【写真14-7】、【写真14-8】:一般財団法人消防防災科学センター災害写真データベース提供
【参考文献】
①総務省中央防災会議「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会報告」
②防災士教本(平成28年7月1日第2版)
【広告】