地震による津波の被害
【図23-1】津波発生の仕組み
●地震による津波は「地震津波」と言うが、震源が海底の比較的浅い場所(0~60km程度)で大きな地震が起きると断層活動により海底地形が変形し
その変形が海水に伝わり海面を上下することにより津波が発生する。
●また津波は火山活動などにより山体崩壊により崩れた土砂が海や湖に落ちることによっても津波が発生する。1792年の雲仙眉山の噴火による山体崩壊では
崩落した土砂が有明海に入り大津波を発生させて約15,000人の流死者を出している。そのほか1640年(寛永17年)北海道駒ケ岳の大規模噴火により山頂部が
山体崩壊し岩屑なだれとなり大沼と内海湾に流れ込み大津波が発生し約700人が溺死した。このように津波は火山活動により山が崩壊することでも発生する。
但し気象庁からの津波警報は地震による津波だけが対象になるので活火山近辺の湖や湾に面する場所に住む場合は地元のハザードマップで大噴火の際の
津波避難方法を再確認しておく必要がある。
<津波の性質>
【図23-2】波浪と津波違い
●地震による津波に話を戻すと津波は海の波(波浪)の大きなもものと思えるが波浪と津波とは別物で風による波浪は波長(山から山又は谷から谷の長さ)が
数十~数百メートル程度であるが、津波は前述のように海底の地形が急激に海底が跳ね上がったり、沈み込んだりするすることにより海底から海面までの海水
全体が動かされるため、波長は数kmから数百kmととてつもなく長い。
●津波は陸地に近づき先端が浅海に達すると速度が落ちるが、後続の波はまだ深海にあり速度は速い、このため伝播するに従って後ろが前に追いつき波長は
短くなる。一方1つの波長の波は一定のエネルギーを保持しているため波長が短くなると波高が大きくなり破壊力が増すことになる。
●津波の速さは次の式で表され、水深2,000mでは時速500km、水深4,000mでは時速700kmにもなりジェット機
並みの速度で進む。
<<津波の速度>> V(km/h)=3.6√9.8・h [9.8:重力加速度(m/s2)、 h:水深(m)]
<津波の高さと遡上高> トップに戻る
【図23-3】波浪と津波違い
●また津波の高さは【図123-3】で示すように平常潮位からの高さを言いますが、三陸沿岸のようにリアス式海岸では海に向かってV字型に開いている
湾では入り口が広く、湾の奥に行くに従い狭くなるため津波のエネルギーが湾の奥に向かって集中するため波高が数倍になることがある。
●また、津波は陸地に達すると河川を遡上して陸地奥まで浸入しするが、最も奥まで浸入した時の高さと平常潮位との差を遡上高(そじょうこう)と言い
2011年の東関東大震災では、津波の高さは10m~15m、遡上高は40mにも達した。
<津波地震と遠地津波> トップに戻る
●地震の揺れは小さいのにいきなり津波が来襲することがある。海底下の断層破壊が一気に進めば震源のマグニチュードは大きくなり陸地での震度も
大きくなるが、断層破壊がゆっくり進行する場合があり、この場合断層がスルスルと動くので震源のマグニチュードは小さくなり陸地での震度も
小さくなる。しかし破壊した断層面の面積が同じ場合は、断層破壊がゆっくり進行しても海底の地形は同じように起きるのでその変形に伴い
海水が動き津波が発生する。このように地震の揺れは小さくても津波が来る地震を「津波地震」と言う。
●地震はまったく感じないのにいきなり津波が来襲することがある。1960年に南米チリ沖で発生した超巨大地震(M9.5)の津波は22時間かけて翌日に
日本の沿岸に津波をもたらした142人の死者を出す被害がでた。気象庁では日本の沿岸から600km以上離れた海域で起きた地震による津波を「遠地津波」
と呼んでいる。
●地震が起きても必ずしも津波が発生する訳ではない。震源が海底で深さが浅く(概ね80km未満)で地震の規模がM6.5以上の地震の場合は津波が
発生する可能性があると言われている。いずれにしても地震を感じたら気象庁の地震速報で津波の有無をまず確認する必要がある。
<東関東大震災の教訓で津波警報が変わった!> トップに戻る
●2011年(平成23年)の東関東大震災の際に気象庁は地震3分後の14:49に第1報の地震速報を出したが地震の規模をM7.9(最終的にはM9.0と推定された)と
過小評価して津波の規模を判定したため、実際に観測された津波の高さと大きな差がでた。
第1報の地震速報では「津波警報(大津波)3m:岩手県、福島県」、「津波警報(大津波)6m:宮城県」となっており津波の高さは
最大6mとの情報が流された。特に岩手県、福島県では「3m」規模の津波が来ると思った人はかなりいるはずで、この「3m」と聞いて
過去の経験から防潮堤を超えることは無いと即刻避難の判断に影響した可能性がある。
●気象庁は15分後にモーメントマグニチュードの計算を再度試みたが国内に配備していた広域地震計が測定範囲を超えて計算に使用できず
津波警報の更新がタイムリーに出来なかった。28分後の15:14にGPS波浪計のデータを基に津波警報の更新を行ったがその内容は
「津波警報(大津波)6m:岩手県、福島県」、「津波警報(大津波)10m以上:宮城県」で初めて「10m以上」の警報が出た。
●このように東関東大震災での津波警報はM9と言う巨大地震に遭遇し、観測機器の測定限界等で結果として津波警報が過小評価になってしまった
ことを教訓に、気象庁ではM8を超えるような地震の場合は3分程度の短時間で正確な津波の高さを予測するのは困難とし推定したマグニチュードが
過小評価しているかの判定をし、過小評価の可能性がある場合は発生した「発生した地震の海域で予想される最大マグニチュードを適用」して
第1報を出すとした。
●また津波警報の出し方も改善を行い巨大地震の際には第1報の津波警報では予想される津波の高さを「巨大」、「高い」と言う表現に
変更し、もはや「非常事態」であることを伝えることとした。また警報の分類も【表123-4】に示す5段階で表現されることになった。
詳しくは気象庁のホームページの「津波警報が変わりました」
に掲載されているので、この資料を基に地域の防災会等「共助」の場で気象庁が
出す津波警報の意味を確認し合うと良いでしょう。海の無い県に住んでいても仕事やレジャーでいつ津波に遭遇するか分からないので
津波警報や避難方法などの知識を身に付けておくことが重要で、いざと言う時生死の分かれ目に繋がるかもしれない。
●この改善のポイントは「津波の高さで避難するかどうか判断せず」「巨大」、「高い」と警報がでたら、「全ての行動を即刻中止し、一目散に
可能な限り高いところに逃げろ!」と言うことである。
分類 | 数値での発表 | 巨大地震の場合の表現 |
---|---|---|
大津波警報 |
10m超 | 巨大 |
10m | ||
5m | ||
津波警報 | 3m | 高い |
津波注意報 | 1m | (表記しない) |
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【図23-5】東日本大震災での死因分析
●【図23-5】は東日本大震災での死因を分析したものであるが津波による溺死がほとんどであることが分かる。
地震発生から津波が押し寄せるまでに場所にもよるが20~30分程度の余裕があったはずで、東北地方太平洋沖地震・津波対策に関する調査報告」によると
地震後すぐに避難しなかった人たちの行動パターンは「急ぎの仕事があったのでそれをすましていたから」、「家族を探しに行ったり、迎えに行ったりしたから」、
「自宅に戻ったから」、「過去の地震でも津波が来なかったから」、「津波のことは考えつかなかった」などでいづれも津波への危険意識が薄かったと思われる。
●人は危機が迫っていたとしても明確な証拠がないとなかなか信じることができず「逃げる」と言う決断ができない。人間の脳は自分にとって都合いいことが
起きる可能性を過大評価する傾向があって、少々の悲観的証拠があっても現実に対して楽観的であり続けたいと思う心理が働き、現実を歪めてしまう。
●この結果「大したことにはならないはず」、「自分だけは大丈夫」と言う思い込みをし、目の前で明確な証拠が確認されるまで現実を認めようとしない。
このことを災害心理学では「正常性バイアス」(先入観や偏見で物事が正常の範囲だと自動的に認識する心の動き)と言う。
●「正常性バイアス」は誰でも日常生活で時々起すことで、「こんな筈ではなかったのに」と後で悔やむことは良くあることだ。
いざと言う時自分の脳を「正常性バイアス」に支配されないためには普段からの「訓練」が重要で、災害から命の危険が迫るようなケース(地震の衝撃、津波、火災、
水害、台風、土砂災害など身の廻りにある危険)を想像し、その時はどのような手順でどんな行動をするか、日頃頭の中で予行演習(シュミレーション)して
おくことは極めて重要で、このことでいざと言う時沈着・冷静な避難行動がとれる。このような訓練は言わば「生き抜くための知恵」を身に着けることになる。
●いざ地震がきて津波警報が「巨大」や「高い」であれば廻りの人は避難しないことも考えられるが、廻りに人の「楽観的意見」に惑わされず「訓練したことを
躊躇なく率先して避難行動をとる」ことが極めて重要で、必死で逃げようとする貴方の姿を見て逆に周りの人の「正常性バイアス」が外れ「避難した方が良いかも」と言う
心理が働き避難行動をとることが考えられる。要は「率先して逃げる」ことが結果として廻りに人を救うことになる。仮に大した津波でなかったとしても
何分で避難できたか、家族もうまく避難できたか等を話し合い避難行動での問題点や改善策を家族や地域の防災組織で話し合うことがより安全な避難行動ができる。
「逃げるは恥だが役にたつ」とは、まさにこのことではないでしょうか。
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【写真23-6】津波で壊滅崩壊した宮城県南三陸町役場
●この地震で全壊した建物は約13万棟で、内9割強の12万棟は津波により全壊している。津波よる建物の被害では木造住宅の被害が多く、木造の場合
は立地条件にもよるが津波による浸水深(洪水や津波などで浸水した場合の水面から地面までの深さ)が1階の窓の高さ程度では流されない建物が多く、
それ以上に浸水高さになるとほとんどの建物が流された。
●鉄筋コンクリート造の建物は津波に流されず残ったものが多かったが、津波が建物を押す力で1階の柱が破壊され層崩壊(剛性の小さい階に変形が集中し
、その階がつぶれてしまう崩壊)したものや最大浸水深が建物の高さを超えて転倒したものがあったことが確認されている。
【写真23-7】津波で被害を受けた石巻市雄勝地区
●一般住宅の設計は耐震性や防火・耐火性について建築基準法等で細かく規制されており設計に配慮されているが、津波に対する設計基準が無いので
大津波が来ればほとんど無抵抗で流されてしまう。この地震の教訓として津波避難ビルや原子力発電設備関連に対しては関連省庁から津波に対する
設計上の基準や指針が出されている。
●津波から建物を守るには巨額を掛ければできないことはないが津波避難タワーやビル以外は現実的な選択ではない。特に一般住宅は津波が来る可能性が
あるところに住宅を建てない考え方が良い。
●岩手県宮古市の姉吉地区にはかって先人たちが度重なる津波の被害を受けた教訓を刻んだ石碑がある。
【写真23-8】「これより下に家を建てるな」の警告が刻まれた石碑(宮古市の姉吉地区)
この地区では1896年の明治三陸大津波や1933年の昭和三陸津波で村落が全滅する被害を蒙った。このように大きな人的被害を出した教訓を後世に残すため
住民の浄財で石碑が建立されている。
●2011年4月10日の河北新報によると(*1)【「此処(ここ)より下に家を建てるな」先人の警告を刻んだ石碑が立つ宮古市重茂の姉吉地区(11世帯40人)。
沿岸部の家々が津波で押し流された宮古市でここの建物被害は1件もなかった。海抜約60メートル地点に建立された石碑の教えを守り続けた
住民はあらためて教訓の重さを胸にきざんでいる。】また【津波は今回東日本大震災では漁港から坂道を800mメートル上がった場所にある石碑の
約70メートル手前まで迫ったという。】との記事が掲載されている。
●石碑の全文(2011年4月10日の河北新報による)(*1)
~大津浪記念碑碑文~
高き住居は児孫の和楽
想へ惨禍の大津浪
此処より下に家を建てるな
明治二十九年にも、昭和八年にも津浪は此処まで来て
部落は全滅し、生存者僅かに前に二人後に四人のみ
幾歳経るとも要心あれ
★「明治29年の津波」とは明治29年6月15日午後7時32分に発生した「明治三陸地震」
のことで、震源は釜石の東方沖200kmでマグニチュード8.2~8.5であった。
震度は2~3程度と揺れは比較的小さく誰も気をかけない程度であったが巨大な津波が発生した
ため死者21,915人と言う甚大な被害が出た。
★「昭和8年の津波」とは昭和8年3月3日午前2時30分に発生した「昭和三陸地震」のことで
震源は釜石の東方沖200kmでマグニチュード8.1であった。
震度は5で比較的強い揺れを記録し明治三陸地震と同じような巨大な津波が発生したため死者
1,542人と言う甚大な被害が出た。この地震の78年後の2011年(平成23年)3月11日午後2時46分に
東日本大震災による大津波が発生し津波だけでも15,270人の死者を出している。
★ 過去の大津波の記録からも分かるように地震の揺れ(震度)と津波の大きさとは必ずしも比例する
ものでは無く地震を起こした断層面の動きで海底が上下するかで津波が起きるかが決まる。
海底が上下するような地震で地震の規模(マグニチュード)が大きければたとえ震源までの
距離が遠くても大津波が発生する。
従って海岸線に住んでいる場合は揺れの少ない地震でもラジオやテレビで津波が発生するかを
地震の都度確認することを忘れてはいけない。
<迫り来る東南海・南海地震> トップに戻る
●石碑に刻まれた先人たちの教訓からも分かるように大津波は繰り返してやって来るから、そもそも津波がくるところには家を立ててはいけないと言うことであるが、
大津波や大地震の繰返しの間隔は人の一生の長さに比べれば長く、世代が変わり教訓はしだいに忘れ去られいつの間にか海岸線や低地に家が蜜集する事態になる。
今後発生が予想される東南海・南海地震での津波に備えて海岸線の家を移転するなどは簡単ではなく、すでに手遅れな状況にあるとも言える。
であれば、命さえあれば家はいつかは再建できるから「家は流されても人命だけは救う」を真剣に考える必要がある。
●今後30年以内に70%の確立で発生すると言われている東海・東南海・南海地震では津波は最大津波高さ最大で10m強、第1波の到達時間は早い所では5~10分以内
とされている。このため地震がおさまったら、躊躇せず避難行動を起こさなければならないが時間的に小高い山の上に逃げる余裕がないことも考慮して、
近隣の津波避難ビルや一般の高層ビルへ逃げることも想定しておく必要がある。
●この地震での人的被害予測は内閣府の中央防災会議の「東南海、南海地震に関する報告」によると「避難意識が高い場合は約3,300人」、「避難意識が低い場合は約8,600人」
(いずれもAM5時に発生した場合)としている。このように住民の避難意識により被害が2.6倍変化すると予測しており前述のように、大きな地震が来たら「率先して逃げる」が
人的な被害を減らすのに極めて重要であることが分かる。
<津波から逃げる> トップに戻る
●一般的にはいざと言うとき行政が作成した津波ハザードマップを基に避難することになっているが、突然津波ハザードマップを見ても実際はどこに逃げれば
良いかはすぐには分からない。普段からの津波ハザードマップを基に具体的にどこに、どのルートで行くかを訓練しておく必要がある。【表23-9】「津波から逃げる
ための準備事項(自助編)」は筆者の個人的見解も入っているが、いざと言うとき確実に避難するには普段の訓練が自分や家族を守る基本的考え方を
纏めたもので、実際は各自の環境等に合わせて変更して利用していただければ幸いです。まずは「自助」の観点から次のことを実施してみましょう。
ステップ | 実施事項 |
---|---|
ステップ(1) (津波ハザードマップ入手) |
■現在の居住地及び勤務地の津波ハザードマップを入手する。現在南海トラフ地震や首都直下型地震を前提にした津波ハザードマップが各行政で 作成している、どの地震を前提にしているのかも含めて良く内容を確認する。(津波ハザードマップは市町村や県のホームページに掲載しているのその内容を見るか、 市町村の窓口で入手すると良い) |
ステップ(2) (津波の高さ、到達時間確認) |
■入手した津波ハザードマップから居住地や勤務先付近の予想される「津波の高さ(侵水深)」と「津波到達時間」を確認する。参考に 「高知県高知市の津波ハザードマップ」 では津波の高さや第1波の到達時間が場所別記載してあるので分かりやすい。 |
ステップ(3) (避難場所地確認) |
■居住地や勤務先付近の津波避難場所を確認する。この際に地区全体の避難場所も確認しておき、いざと言うときどこにいても最短の避難場所に行けるようにする。 |
ステップ(4) (家庭内避難ルールの作成) |
■自分の行動パターン基にした津波避難場所を記入した「マイ避難場所地図」を基に家族で話し合いを行い家族全員が同様な地図を作成して持ち歩くようにする。 |
ステップ(5) (自己避難訓練) |
■津波の到達時間は想定する地震や地域の地形によっても違うが今後発生が予測される南海トラフの地震の場合、高知市の津波ハザードマップによれば高知市では
早い所では地震後5分以内に30cmの侵水深の第1波の津波が来ると予想されている。足元に30cmの海水が入ってくるとすでに移動が難しくなる。 |
実際の避難時留意点 |
■避難時の時間割(津波到達時間:10分のケース) |
■巨大地震が発生した際に「とるべき行動」と「普段の対策」を時系列で「巨大地震避難マニュアル」として まとめたもので読者がいざと言うときのために参考にして頂ければ幸いです。
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【出典先・引用】
・【図23-1】,【図23-2】,【図23-3】:気象庁HP 「知識・解説」「津波について」
・【表23-4】:気象庁発行 平成23年3月「津波警報が変わりました」リーフレットを基に作表
・【図23-5】:平成23年防災白書 [図1-1-4]日本大震災における死者と地域人口の年齢構成比較
(岩手県・宮城県・福島県)」を基に作図
・【写真23-6】,【写真23-7】,【写真23-8】:一般財団法人消防防災科学センター 災害写真
データベース(著作権フリー)より引用。
・(*1):2011年4月10日 河北新報「宮古・姉吉地区」「石碑の教え守る」より引用
【参考文献】
・内閣府発行 中央防災会議資料「東南海、南海地震に関する報告」平成15年12月」
・高知市 津波ハザードマップ
・防災士教本(平成28年7月1日第2版)
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